司法に経済犯罪は裁けるか 細野祐二
●司法に経済犯罪は裁けるか 細野祐二
講談社 2008年8月4日第1刷発行
著者はキャッツ事件で拘留され、現在も最高裁で係争中の公認会計士。
最近著書を乱発している感じだが、刑事事件って他人事じゃないなと最近思うことがあったので買ってみた。
◆不幸なことに、現行会計においては、金の流れを合法的に隠蔽する方法がある。信託勘定、SPC(特別目的会社)、投資事業組合、匿名組合(本書においては、この四つを仮に匿名性投資勘定という)がそれである。(P71)
◆しかし、時代は変わった。粉飾決算が成長経済下の景気循環による上がり目を失っている以上、そこでの粉飾は真に反社会的犯罪性を持つにいたっているのである。(P111)
◆英和辞典によれば、Fairは「公正」と訳されることになっているが、Fairの概念は公正という日本語訳とはだいぶ違う。ここでFairが対面しているのは「公」ではなく、キリスト教的「神」なのである。Fairをあえて日本語で説明すれば、それは神の前に恥ずべきことがないといった意味となるであろう。ネイサンはその逆売りに関して、神の前に恥ずべきことなどなかったであろう。
(略)
欧米人の議論が白熱し甲乙つけがたい伯仲状態になったとき、彼らの中の一人が必ず言い出す言葉がある。"It's not fair."である。これを言われると、それまでさんざん反論していた論客も急に黙り込み、議論が一気に決着することが多い。欧米式の議論の要諦は、したがって、"It's not fair."と言い出すタイミングにあるのであり、そしていったん"It's not fair."と言ったからには、それがなぜ"It's not fair."と言いうるのかが、それ以前の議論において立証されていなければならない。
すなわち、タイミングと過程に問題がなければ、"It's not fair."と言ったほうが議論に勝つ。このことからわれわれは、欧米人の経済倫理の根幹がFairnessの概念にあることがわかる。Fairnessは、西欧式近代合理主義とキリスト教的道徳観にしっかりと根を張った経済倫理なのである。(P136~137)
このあたりはなるほど、そうかもねーって感じ。
それに対して、下記はそうかなぁという感じ。
◆私は、事ここにいたった以上、経済現象に対する法と会計の解釈方法の違いを解明する必要があると思いいたり、研究を続けたところ、両者は会計公準の破壊を認定するかどうかによって調整が可能なことを突き止めた。
単式簿記による司法の会計は清算会計である。これに対して、経済人の会計は、複式簿記による企業会計なのである。そこで、経済事件に対して、清算会計を適用すべきか企業会計を適用すべきかの判断基準を明確にすることができれば、会計をめぐる司法人と経済人の対立を、理論的に調停することができるではないか。そして、その判断基準こそ、企業会計の成立要件である会計公準に他ならない。会計公準による明示的な検討を行えば、法も会計も、同一の経済現象を見て同一の真理にいたることができるのである。(P82~83)
◆経営者がその不正行為を隠蔽しようとしても、複式簿記である以上、その隠蔽した痕跡は財務諸表の中に必ず残っているのであり、完全にその痕跡を消し去ることは、原理上不可能である。すなわち、財務諸表は経済犯罪の証拠の宝庫なのであり、したがって財務諸表から経済犯罪を摘発することさえ可能なのである。(P89)
ちと短絡気味で、そう言い切れるほど世の中甘くないよなぁってのが、多分S先生の批判するところなんだろう。
ということで、全面的に著者の言うことを信じるのはどうかと思うが、参考になる部分はあった。
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コメント
突然のコメント失礼致します。
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投稿: sirube | 2008/09/10 18:45