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2020/08/29

師匠が米長邦雄だったことが不幸だったのか(林葉直子氏)

師匠が米長邦雄だったことが不幸だったのか(林葉直子氏)

林葉直子さん、スター棋士・失踪・不倫騒動・余命宣告…すべての真相を語る
2020年8月22日(土)13時0分 週刊女性PRIME

 岩井志麻子氏によるインタビュー記事、と言っていいのかな。

 かつて、林葉さんは、本当に綺麗で可憐でした。
 もはや、見る影もないと言うと失礼ですが、本当に過去は凄かった。

 そして、何故そうなったのかの原因の1つは、師匠に恵まれなかったこと。
 そのように思っていたのですが、今回の記事で、やはりなぁと思ってしまいました。

「師匠には、インドに行く、なんてひと言も言っていないのに。なんであんなこと言ったんでしょうね(笑)。あと、ぜんぜん知らない芸人さんに、『ドバイで見かけた』と言われてたし。

 あの当時、私はきちんとタイトルを返上してから休養願を出して、ロンドンに行っていたんです。いきなりいなくなった、連絡がとれないとされていてびっくりでした。海外だから、当時連絡がとりづらかったのは当たり前だと思うんだけど(笑)。

 帰国して、将棋連盟側に記者会見をセッティングされました。もう納得がいかなくてね。で、記者会見が始まる30分くらい前に連盟の職員から、師匠からの白い紙を渡されたんですけど。開いたら“立場をわきまえたら悪いようにはしない”とあって。だから会見のときは、怒りがピーク状態だったんです」

 米長先生は、将棋の才能は素晴らしかったけれど、女性関係については。
 最低の部類に近かったというのは、桐谷先生の発言でも出てきます。

 自分の著書でも、女性との付き合いとかは、堂々と書いていました。
 ただ、当時、そのまま信じられたかというのは、また別の話なのですが。

 で、林葉さんが、当時、一番多感な時期に、それをどう感じていたか。
 いろいろ許せないものを感じていても、全くおかしくなかったんでしょうね。

「(略)うちの師匠はね、いつもピリピリした人だったんです。なのに言うことが二転三転する。おまけに女遊びが激しくて、ほとんど家にいなかったから、ご自宅で何か教わるなんてことも実際はないに等しかったですね。うちの父と似たようなタイプだから、慣れていたので私はあんまり動じなかったんですけど

 でも一緒に住み込みの内弟子だった先崎学くんは、師匠のそんな性格についていくのが大変だったみたい。よく悩んでいましたよ」

 なるほど、師匠だけではなくて、父親の件もあったのですね。
 いずれにせよ、女性に迷惑をかける男性への嫌悪の形成には繋がったような気がします。

 しかも、父親のせいで、最終的には自己破産まで。
 当時稼ぎが相当あったのは、全部吸いつくされていた、ということなんでしょうね。


 しかし林葉さんはその後、父親の事業の失敗による多額の借金を負わされて御実家に戻り、自己破産をする。そして、長年の多量の飲酒によって肝硬変を患ってしまう。

 こうしてみると、登場した時期が早すぎたのかもしれないな、と思います。
 いろいろあったけど、なんとか残りの人生を明るく生きていってほしいです。

 なお、米長先生は、将棋に対して誠実だったのは間違いないでしょうね。
 しかし、芹澤・藤澤の薫陶を受けて育っただけに、というところなのかも。

 逆に、羽生・佐藤・森内の3人が、この手の話題から遠いこと。
 それが、今の将棋界にとっての最大の幸福の源泉なのかな、という気がします。

 

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