調査報告書を読んで① 責任について_辺野古ボート転覆事故遺族メモ
調査報告書を読んで① 責任について_辺野古ボート転覆事故遺族メモ
調査報告書を読んで① 責任について
note 辺野古ボート転覆事故遺族メモ
2026年8月7日 20:23
https://note.com/beloved_tomoka/n/na6ae86916d89
今回の事件で、遺族としての声をあげても。
それをなかったものにしようとしたり、矮小化しようとしたりする動きがあり。
本当にあの界隈の人達は、見苦しいとしか感じられません。
親は代弁するな…元同志社大教授が遺族に放った“暴言” 辺野古事故、広がる怒り
IZA 2026/5/18 12:02 zakⅡ
沖縄・玉城知事「映像が外部に出るのはどうなのか」 辺野古沖事故時の防カメ公開を疑問視
産経新聞 2026/7/13 09:56 大竹 直樹
https://www.sankei.com/article/20260713-SUAK3SFUOJK2HGFQI2LY6TX2ZE/
辺野古沖事故の防カメ映像、沖縄・玉城知事「遺族の気持ち踏まえたものかくみ取り切れず」
産経新聞 2026/8/7 15:02 (沖縄八重山日報)
https://www.sankei.com/article/20260807-EDWSFE54AJMRZAZATXKBVA74BQ/
さて、今回、noteに遺族が発信された記事ですが。
事故における責任所在の明確化プロセスが、非常に勉強になります。
つまり、現実の中で、責任の所在とは、どのように判断していくべきなのか。
それを実際に、しかも、冷静な目で、分析されています。
「導入の判断。 確認しないという判断。 報告しないという判断。 引き継がないという判断。 下見の相談を退けた判断。1隻しか来なくても理由を問わないという判断。 そして、乗らないという判断。
その判断があったというのであれば、どの判断にも、行った人がいます。」(note記事より)
つまり、事故には、それを抑止できる意思決定が存在していると。
その上で、その判断をした、意思決定者が誰なのかを認定すべきだと。
責任は、意思決定者に着目して問われるのだということですね。
noteでは、積み上げによって、その確認プロセスが表現されています。
そして、noteから離れますが、恐らく、その責任の濃淡というのは。
意思決定の重さの濃淡で問われるべきだ、ということにもなるのでしょう。
ここは、辺野古事故に関係なく、全ての人達が学ぶべき部分ではないかと。
いや、とりわけ学校関係者で安全に携わる人達には読んでほしいですが。
さて、この記事がすごいのは、第三者委員会報告書について直接非難せずに、これで済ませないようにするための補助線を書いているところです。
「たとえば、捜査機関。この報告書を、鵜呑みにする必要はありません。報告書自身が、個人の責任追及を目的としないと宣言しているのですから。より深く捜査をしていただければ、もっと腑に落ちる事実が認定されるかもしれません。」(note記事より)
仮に民間ビジネスでこのご遺族がライバル・敵に回ったら、用意周到さに舌を巻いて、両手を上げて降参するしかないでしょうね。
そんな人を本気で怒らせてしまっている、界隈の人達って、どういう気持ちなのか、私には、全く想像できません。
きっと、今世ではわかりあえない人たちだろうなと。
まぁ、理解不能もお互いの自由ですが、責任だけはしっかり負ってほしいですね。


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