カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の182件の記事

2022/05/28

「大人の対応をしろ」と言う人は「泣き寝入りしろ」という人ばかり_mhl氏twitter

「大人の対応をしろ」と言う人は「泣き寝入りしろ」という人ばかり_mhl氏twitter


mhl@元南カリフォルニア移民@mhl_bluewind

これまでの人生で「大人の対応をしろ」って言う人に何回か遭遇しましたが、「泣き寝入りしろ」「黙って言う通りにしてろ」「面倒ごとを起こすな」っていう加害者側の人ばかりでしたね。

午前11:23 2022年5月15日 Twitter for iPhone


 少なくとも、今のルールや運用がおかしい時、黙って我慢しろだけで終わるのは。
 現体制側、つまり、加害者側と言われても仕方ないんだろうな。

 耐えてどうするのか、その先どうするのか、まで語らないと。
 我慢させて終わりってのは、実は利敵行為だというのは、その通りなんだろう。

 なので、そういうことを言ったことある人は、自覚した方がいいでしょうね。

 で、私自身が、今までにこういうセリフを言いたくなった案件についていえば。
 相手にも問題あるけど、あなたも相当問題あるだろう、というケースばかりでした。

 その場合でも、大人になれ、とかは言いませんでした。
 代わりに、あなた自身の行為も相手にとってはこう映っているのはどう思うのかと聞いてみました。

 ただ、その問いに対しては、皆、答えられないままでしたね。
 自分の「間違い」より、相手の「間違い」が絶対、なんだろうなと。

 私の出会った例に限りますが、皆さん、強情でした。
 素直さや、反省ということがない人たちばかりでしたね。

 いや、この俺だって、あなたに相当我慢しているんだよと。
 最後の方では、直接口にしてしまったケースもあったかもしれないな。

 ま、経験数豊富とまで言いませんが、何人かの対応経験談です。

| | コメント (0)

2022/04/29

小説やテレビで見る以上の悪い人たちは存在する

小説やテレビで見る以上の悪い人たちは存在する

 自分の姪や甥たちに伝えたいことですが。
 一番は、世の中には、小説やテレビで見る以上の悪い人たちは存在するということ。

 まさか、と思うレベルの悪意・害意を持った人たちはいる。
 そして、経験がないと、その人達に、気がつけない場合も少なくない。

 万人を疑え、というつもりはありません。
 ただ、頭の片隅に、そのことを置いておいてほしいのです。

 いざというときに、「もしかして」で立ち止まる契機になるかもしれないから。
 そうでないと、違和感に気がついても、まさかと思ってしまうかもしれない。

 「いや、考えすぎだと思うけど、念の為」
 それで胸を撫で下ろすことがあるかもしれない、そんな気持ちです。

 私が今ここにいるのは、過去にその悪意から偶然にすり抜けたからに過ぎない。
 そのことを自覚しているから、というだけのことです。

| | コメント (0)

2022/03/15

真面目で終わってはいけない

真面目で終わってはいけない

 真面目なことって、大事なことだと思います。
 何かをするのに、不真面目ではできないことって多いですから。

 だから、最初に真面目さが必要なのは間違いない。
 しかし、いつまでも、真面目だけではダメなんですよね。

 不真面目というのではなくて、真面目さだけでは世界が狭くなる。
 広い見方、違う見方を許す許容力を持てるようになる必要がある。

 頑固一徹の職人芸って、割合評価される傾向にありますが。
 実は、これってほとんどの場合、ダメなんですよね。

 体験で言えば、本当の一流あるいは超一流は、マーケットを無視しない。
 自分だけを見て、相手を見ないのは、自称一流だけでしょう。

 マーケットに過大依存するのは論外であり、技術の裏打ちは要ります。
 だから、真面目さは、一定程度必要なスキルです。

 しかし、真面目さだけで終わってしまうと、実は不幸になる。
 そう、不幸への片道切符であることが多いのですよね。

 気がついているけど、変えられないという人もいるでしょう。
 どうするか。

 多分、秘密の趣味を作ることが、1つの解決策なんでしょうね。
 別に人に言えない類というのではなく、自分を知る人に知らせない趣味。

 そこで自分のやりたいことをやってみることで、違う自分が見える。
 押してもダメなら引いてみな、というのが見えてくる可能性が生じる。

 ま、「やってみなはれ」ですね。


| | コメント (0)

2021/05/30

「あなたを……とは見ない」と宣言してしまうのはどうなのだろうか

「あなたを……とは見ない」と宣言してしまうのはどうなのだろうか

 差別問題は、既に予測不能レベルに拡散してしまって、世の中地雷がどこにあるか分からない。
 うっかり地雷を踏んでしまう危険性は常に存在する。

 で、1つの対応策、というのでもないのですが。
 事前に、「私はあなたを……とは見ない」と宣言してしまうというのはどうなのだろうかと。

 あ、相手が、ある程度、そういうことを気にする方だ。
 というのがわかる場合に限りの話なのですが。

 仮に「……と見てほしい」と言われれば、今後、そういう前提の取扱は承認されたと。
 事前同意ありということで、差別ではなく区別だとの推定が働きやすくなるでしょう。

 また、文句がでなければ、まさにそのように取り扱うということを自意識に刻める。
 あ、この段階でアプローチを間違えないよう注意すべきなんでしょうけど。

 とは言え、口でいうほどかんたんなことではないでしょうから。
 あくまでも思考実験というのに留めますが。

 それにしても、いろいろやりづらい、難しい時代になりましたね。

| | コメント (0)

2020/11/06

「きちんと説明すべき」とは

「きちんと説明すべき」とは

 結構、無意識に使ってしまう言葉だが、厄介な言葉。
 そのうちの1つが「きちんと」でしょう。

 何をもって「きちんと」なのか。
 実は、言っている人間自身が、明確に意識していない。

 「明確に」の意味なのか。
 「ルールに準拠して」の意味なのか。

 あるいは両方の意味なのか。
 それとも、違う意味を込めているのか。

 ちなみに「丁寧に」だと、ほぼトートロジー。
 だと、以前から思っているのですけれど。

 多いですよね、「きちんと」を使う人。
 私自身は、できるだけ使わないようにしています。

 どうしても使うことがないわけではありませんが。
 少なくとも、議論の文脈で「きちんと説明すべき」は使わないつもりです。

 しかし、新聞やテレビ、あるいは周囲でなにか言っている人たちの中には。
 「きちんと説明すべき」多用者があまりにも目立ちます。

 そういう人たちに、是非聞いてみたいですね。
 あなたは「きちんと」ってどういう意味で使っているのと。

 いや、無自覚だとわかって聞いているので、嫌味にしかなりませんが。

| | コメント (0)

2020/10/25

アカデミアは魔窟

 アカデミアは魔窟

 以前から、気に食わない文章を書く人だと思っていました。
 スノビーというか、自分に酔っているというか。

 だから、その人の書いているものには、依拠できないなと。
 そして、その人のお弟子さんたちが言っていることも、正気を疑うレベルでしかない。

 でも、世の中的には、自分がおかしいと評価されるんだろうなと。
 なにせ、相手は、象牙の塔の最上階に住む学者であり、凡人には及ばない世界の人。

 ただ、それでもそれに媚びたくはないと思っていました。
 権威に媚びて、自分の価値観を、自分を育ててくれた人を裏切りたくないから。

 近年、その人の言っていることがおかしい、ということが。
 徐々に、いろんなところで出始めて。

 ようやく、炸裂する事件がおきました。
 学者の中でも、やはり違和感持っている人たちがいたこともわかって安堵。

 ただ、アカデミアは恐らく魔窟なので、なかったことになる公算も少なからず。
 今後の動向を見守っていきたいと思います。

 で、もっと正統派の学問が評価される世の中になればいいですね。
 子供の頃、漫画家の次に学者になりたかった落ちこぼれは、そう願っています。

| | コメント (0)

2020/10/11

本当の頭の良さは反射神経だけで決まらない

本当の頭の良さは反射神経だけで決まらない

 結構世の中では勘違いされていると感じるのですが。
 頭の良さって、反射神経の良さだと思っている人多い気がします。

 確かに、反射神経が良い人間は、短期的なパフォーマンスが高い。
 クイズ番組などを見て、あれだけが頭の良さだと思うのは無理ないのか。

 しかし、そういう人が、人生最後まで勝者のケースってそうそうなくて。
 大抵、どこかで躓いていますね。

 つまり、中長期的な思考ができることが、本当は必要なので。
 短期的な反射速度勝負だけでは、そのうち博打に負けてしまう。

 もちろん、そういう才能は、短期的には反射神経いい人に負けてしまう。
 なので、長い目で見て勝負できるように自分が工夫する必要がある。

 そもそも、そうでないと生き残れないことすらある。
 その意味では、偶然の要素や、家族の理解や協力も大事なのだろう。

 最近、将棋をAIの評価値付きで見ることができるようになって。
 今までとは違う楽しみ方ができるようになった。

 面白いのは、時たま、評価値でかなり差があったはずなのに。
 そして、優勢側はそれほど悪い手を指していないのに。

 形勢がいつの間にか接近している、ということがあることです。
 そして、そこから劣勢側が体を入れ替えて、一気にまくることも。

 これって、まさに将棋の面白さでもあるのですが。
 要するに、良いようでも具体的手順で勝ちに結び付けられないと、ダメ。

 そのためには、反射神経ではなく、ビジョンをもって読む能力がいる。
 この辺が上手かったのが、中原誠先生でしょうね。

 林葉さん問題がなければ、もっといろんな話が聞けたのでしょうに。
 いろいろ残念ですが。

 で、このようないい筈だけど、勝ち切るのは難しい局面というのは。
 将棋では、しばしば登場するわけですね。

 かつて、勝つ手は常に1つだと言ったのは、たぶん中原先生ですが。
 それはまさに、そのことを熟知していたからこその言葉だったのかと。

 もちろん、反射神経は大事であり、なくては困るわけですが。
 それだけでは長い人生生きていけないというのが真理だと思うわけです。

| | コメント (0)

2020/09/19

痛い人には近づいてはいけない

痛い人には近づいてはいけない

 

 世の中には、近づいてはいけない人たちというのがいる。

 別にヤのつく自由業というのではなくて。

 

 あ、この人は、近づくと、ろくでもないことになるな、という人。

 その人に周囲にある種のオーラが見えるというか。

 

 いや、リアルにそのようなオーラが見えるというのではないし。

 腐臭が本当に臭ってくる、幻魔大戦みたいなことはないんですが。

 

 まずは、目つきがおかしい人は論外で、痛い人の典型。

 いくら一見して美人でも、爆弾みたいなもので、近づくと必ず痛い目に遭う。

 

 それから、調子いい人、ずうずうしい人で、相互性の概念を弁えない人。

 この人達も、できる限り避けるべき。

 

 ただ、こういう人たちは、親族など、他の人関連で、一定程度侵食してくるのが常です。

 なので、自分で決めたボーダーまでは、許容するしかなく、そこを超えたら終わりとするしかない。

 

 ま、各人の関係性で、ボーダー設定は、マチマチだろうとは思いますが。

 予め、自分でルール設定しておくと、気分が楽になります。

 

 私の場合は、親とも意見が分かれたことがあり、当時かなり非難されましたが。

 20年以上経過して、親の方は、結局、私の意見に同意する羽目になりました。

 

 もちろん、親の方も、事件があり、それなりの代償を支払って理解したからですが。

 世の中には、小説よりも悪しき人たちがいる、という事実は認識しておくべきです。

 

 一見すると、そうは見えなかった、というのが親の言い訳ですが。

 正直、違和感に鈍感過ぎたのだろうな、と感じています。

 

 いや、敏感過ぎても、この世の中は生きるのに辛かったりするのですが。

 人生で、地雷を踏まないためには、適度な違和感センサーが不可欠だと思っています。

 

 まぁ、私の人生が終わってみないと、正しかったかどうか分からないのですけどね。

| | コメント (0)

2020/05/27

書かれたものが素晴らしければ、その人が全人格的に素晴らしいか

書かれたものが素晴らしければ、その人が全人格的に素晴らしいか
 
 書かれたものが酷いのに、著者が素晴らしいというのは想像しにくい。
 しかし、書かれたものが素晴らしくても、その著者が、全人格的に素晴らしいか。
 
 そこはまた別ですね。
 あるジャンルで素晴らしい人でも、違うジャンルではメタメタとかよくある。
 
 これは、今回、コロナ関連の言説で、あらゆる人が経験したことでしょう。
 同じ資格者・科学者でも、専門外のジャンルでは全く頓珍漢だったり。
 
 なので、例えば、私自身は、自分がこの本がいいと勧めた場合であっても。
 その人の思想が、ほぼそのまま素晴らしいと思うことは、相当レアです。
 
 山本七平ことイザヤ・ベンダサンと、小松左京、佐藤史生は除きますが。
 あとは、特定ジャンルでは意見合っても、それ以外では合わない人が少なくない。
 
 ある程度の方向性は合致しても、全部で意見があうなんてない。
 あったら、例のサンヘンドリンの全員一致無効の話につながる。
 
 ただ、それって、別におかしなことでもなんでもない筈ですよね。
 自分の頭で考えるって、そういうことの筈ですから。
 
 むしろ、誰かがこう言っているに、常に従うのだとすれば。
 それは、宗教の入信者がすることでしょう。
 
 でも、時たま、それを強制するような発言をされることがある。
 なんか嫌ですね、そういうのは、別の国でやってほしい。
 
 ところで、かつて、サンヘンドリンの全員一致無効の話について。
 あれは、イザヤ・ベンダサンによるインチキ記述だと主張した人たちがいました。
 
 でも、下記を読むと、インチキって言った人たちはなんだったんだと。
 まぁ、もう皆さん亡くなられているんでしょうけどね。
 
 その実例が、大昔イスラエルにあったサンヘドリンという最高法院だ。今の最高裁判所にあたるが、その力ははるかに強い。
 
満場一致で有罪の場合は、無罪放免に
 
 このサンヘドリンでは、重要案件が審議され、死刑に至るまでの処罰が科される。しかし、この法廷には検察官も弁護士も登場しない。いるのは裁判官のみで、被告人、告訴人、さらにはどちらかが呼んでいれば、証人についても、審理が行われる。なお、サンヘドリンでは、王を含むあらゆる人の審理が行われており、無罪は1票差の多数で決定できるが、有罪は2票差以上の多数でなければならない。
 
 このあとが本題だ。
 
 サンヘドリンは2000年以上も昔の制度だが、そこではドラッカーの考え方が法的手段として規定されていた。つまり、71人の裁判官が満場一致で死罪と判断したら、被告人は「無罪放免」となるのだ。サンヘドリンの裁判官は賢い人々のはずだ。であるのに、どうしてこういう規定になるのだろうか。
 
 サンヘドリンの審理において、被告の弁護をする人はいない。だが、どれほど重大な犯罪であっても、あるいは証人や証拠にどれほど説得力があっても、弁護の余地は必ずある。そう古代イスラエルの裁判官は知っていた。だから、被告人の主張にも一理あると認める裁判官が1人もいないという状態は、何かおかしなことが起きている、裁判に間違いが起きている証拠だと考えるのだ。
 
 

| | コメント (0)

2020/05/23

要請に応えなかった人への医療提供優先度を下げる仕組みは可能か

要請に応えなかった人への医療提供優先度を下げる仕組みは可能か

 いや、山梨の話にしても、パチンコの話にしても。
 要請を拒否する自由がある以上、それ以上は強制できない。

 それはわかるんですが、でも、それで感染したら真っ先に治療を受けて。
 貴重な医療リソースを先食いされてしまう、という矛盾があります。

 せめて、要請に応えなかった人の医療提供を劣後させられれば。
 緊急時でもあり、トリアージの考え方を入れられないのかとも。

 医療関係者でも、法律家でもないので。
 全くの個人的な感想ではありますが。

 ただ、再発防止をどうするかについて、我々は知恵を絞るべき。
 既にマスコミ報道の問題では、食傷気味な位、学んでいるでしょうけど。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧